構成要件論は歴史的役割を終えた
◆Episode 04◆
学生A:「今日、先生は、構成要件論について講義してくださいましたが、構成要件は、近代刑法であれば必要不可欠な概念なのですか。どの基本書を見ても、必ずこの語が使われているので。」
教師X:「とても良い質問ですし、重要な疑問です。キミの疑問には、2つの疑問が含まれていると思います。1点目は、近代刑法における構成要件論の位置づけ、2点目は、刑法解釈学と構成要件論との関係です。
結論を言えば、1点目については、近代刑法は構成要件論に立たなければならないという必然性はありません。ただ、近代刑法は、刑罰法規には国家権力を拘束して市民の人権を保障する機能があることを重視し、罪刑法定原則を樹立したわけですから、その人権保障機能をどの概念に担わせるべきかという問いに対して、構成要件論は「構成要件の概念に担わせるべきだ」と答えるわけです。しかし、私から言わせると、人権保障機能を構成要件に担わせるのは期待外れの幻想に終わったと考えます。
2点目の疑問については、構成要件論は、刑法解釈における選択肢の1つにすぎません。現に、第二次世界大戦前は構成要件論を採る刑法学者は少数でしたし、構成要件論が学界や実務に定着したのは戦後です。世界を見渡せば、構成要件論を採っていない国の方が多いのですから。
よく使われる構成要件の概念
皆さんが、『刑法総論』・『刑法各論』の本を手に取ってみると、「構成要件」の語が頻繁に使われていることに気づくはずです。ですから、皆さんは、「構成要件」は刑法を学ぶうえで必須の単語なのだろうと思うことでしょう。実は、これは、近時の刑法研究者の多くが構成要件論(構成要件の理論)を採っていることを表しているにすぎません。
支配的見解が、犯罪を定義して、「犯罪とは、構成要件に該当する、違法で、有責な行為である」とし、最初に、「構成要件に該当する」(構成要件該当性)を提示するのは、まさに構成要件論に立っていることを宣言しているわけです。
構成要件とは何か
では、構成要件とは何でしょうか。
「構成要件」という語から考えると、普通、「犯罪を構成するための要件」という意味ではないかと考えますが、実際の意味は全く異なります。
支配的見解によると、構成要件とは、「法的な犯罪定型」、「刑罰法規に規定された犯罪行為の類型・定型」、あるいは、「刑罰法規を解釈し、その意味を確定することにより明らかにされる個々の犯罪行為の類型・定型」です。つまり、構成要件とは、処罰される犯罪行為の類型・定型というわけです。
構成要件概念の2つの特徴
構成要件の概念には2つの特徴があります。
① 類型・定型であること
支配的見解は、構成要件は犯罪行為の「類型・定型」であること、つまり「型」であることを強調します。たとえば、殺人罪であれば殺人罪独自の型があり、強盗罪には強盗罪独自の型があるというわけです。
② 観念像であること
また、支配的見解は、構成要件は犯罪行為の「観念像(イメージ)」であることを認めます。すなわち、構成要件は、刑罰法規を解釈して得られる犯罪の観念像であり、犯罪を規定している刑罰法規そのもの、刑罰法規の条文そのものとは異なるというわけです。
構成要件が果たす3つの機能?
支配的見解によると、構成要件は犯罪論体系において3つの重要な機能を果たしていると主張します。
① 人権保障機能
構成要件は、個々の刑罰法規に規定された犯罪行為の型を明らかにし、処罰される行為と処罰されない行為とを区別して処罰の限界を明らかにし、国家機関(行政機関・司法機関)の判断を拘束して社会成員の人権を保障する人権保障機能を果たしているとされます。
② 犯罪個別化機能
また、構成要件は、処罰される行為をさらに類型化し、殺人罪、強盗罪、窃盗罪、放火罪など各犯罪類型を区分し、「罪となるべき事実」(刑訴法335条1項)を提示する犯罪個別化機能を果たしているとされます。
③ 故意・過失規制機能
さらに、構成要件は、故意における認識内容を直接的に規制するとともに、過失において認識すべき内容を間接的に規制する機能を果たし、故意・過失の認識の対象となる(客観的な)犯罪事実を提示することによって、故意・過失に必要な犯罪事実の範囲を画定する故意・過失規制機能を果たしているとされます。
構成要件の中味については議論がある
構成要件は犯罪行為の類型・定型であるとされますが、実は、構成要件の中味については、ドイツの構成要件論の影響を受けて、いくつかの見解が主張されています。
詳細は避けますが、たとえば、「構成要件は、通常違法とされる行為を類型化した違法類型である」という論述に見られるように、一定の行為が刑罰法規に犯罪として規定されているのは、その行為が類型的に違法であるからであり、構成要件は違法行為の類型・定型であるとする違法行為類型説が主張されています。
また、たとえば、「構成要件は違法類型であると同時に責任類型でもある」という論述に見られるように、一定の行為が刑罰法規に犯罪として規定されたのは、その行為が類型的に違法かつ有責であるからであり、構成要件は違法行為かつ有責行為の類型でもあるとする違法有責行為類型説も主張されており、現在は、この説が有力です。
構成要件論の問題点
構成要件論に立つ支配的見解は、残念ながら、いくつか問題点を抱えています。
① 犯罪に型はない
支配的見解は、構成要件は犯罪行為の類型・定型であるとし、しかも、構成要件は違法・有責な行為の法的定型とする違法有責行為類型説が有力です。類型・定型はカチッとした枠組・型式を連想させますので、「型に当てはまらない以上、犯罪とはなりえない」という説明は説得力をもつことになり、構成要件は人権保障機能を果たしていると考えるのは当然ということになります。
しかし、考えてほしいのですが、各犯罪に型などあるのでしょうか。犯罪(・犯罪者)に、血液型や酵母菌のような型や和菓子の木型のようなものが存在すると考えるのは、幻想でしょう。犯罪に型が存在するとしたら、それは説明のための観念像(イメージ)であって、そのようなものに罪刑法定原則の人権保障機能を担わせるのは、あまりにも楽観的にすぎます。というのは、支配的見解によると、構成要件は刑罰法規を解釈して得られる犯罪の観念像であって、犯罪を規定している刑罰法規そのもの、刑罰法規の条文そのものとは異なるというのですから、そのような観念像に人権保障機能を担わせようとするのは、期待しすぎと言わざるを得ないからです。
② 構成要件は人権保障機能を果たせない
支配的見解によると、構成要件とは刑罰法規そのものではなく、刑罰法規を解釈し、その意味を確定することにより明らかにされる個々の犯罪行為の観念的類型・観念像を意味します。そして、構成要件は、個々の刑罰法規に規定された犯罪類型に当てはまらない行為を処罰範囲から除外し、行動の自由を保障する人権保障機能を果たしているとするわけです。
罪刑法定原則(事前の適正な刑罰法規なければ、犯罪も犯罪者も刑罰もなし)は人権を保障するために厳格解釈、類推解釈禁止を要請しますが、それは、刑罰法規の文言を解釈・適用する際の要請です。すなわち、罪刑法定原則の人権保障機能を果たしているのは、刑罰法規、及びそこで用いられている法文言なのです。構成要件は人権保障機能を果たしてはいますが、それは、刑罰法規の文言を通じての間接的なものであり、構成要件そのものは人権保障機能を果たしてはいないのです。
人権保障機能を果たしているのは、構成要件ではなく刑罰法規及びその法文言であることを見誤り、その点を誤解しているせいでしょうか、法文言へのこだわりが強くない刑法学者・裁判官がいるのはきわめて残念です。法文言へのこだわりが強くない原因は、罪刑法定原則を刑罰法規及びその法文言に結びつけるのではなく、刑罰法規の解釈から得られる構成要件という観念像に結びつけるからなのでしょう。
罪刑法定原則の人権保障機能を担っているのは、刑罰法規ないしその文言であり、そこに類型・定型を想起させようとするのはミスリードですし、一般人や初学者の理解の障害となってしまいます。
③ 構成要件の違法性・有責性推定機能について
支配的見解によると、構成要件は違法行為・有責行為の類型ですので、構成要件に該当すると行為の違法性、行為者の有責性が推定されることになります。
しかし、そうした推定は事実上の推定にすぎません。ですから、そうした推定に刑法上重要な意味をもたせることはできません。構成要件に該当したとしても、行為の違法性阻却・減少事由や行為者の有責性阻却・減少事由が存在するのか否かを改めて判断する必要があるからです。
また、支配的見解は、構成要件該当性と行為の違法性阻却、行為者の有責性阻却とは「原則・例外の関係」であると解しています。これは間違いではありません。しかし、例外がいったん肯定されると、認定の順序はともかく、法的判断において原則事情と例外事情があたかも同等のように扱われるようになるのが法的判断の特徴です。
実際の刑事事件では、行為の違法性阻却事由、行為者の有責性阻却事由が存在することは稀かもしれませんが、そうした事由の存在を無視できない以上、その存否を判断し、違法性の阻却・減少、有責性の阻却・減少を判断する必要があるのです。
④ 構成要件論の歴史的役割は終了した
構成要件にとって最も重要な機能である人権保障機能は、構成要件が類型・定型であるというイメージに付着して発生したと考えられますが、そのために、構成要件の人権保障機能について楽観的な幻想が生じ、刑罰法規の文言を厳格に直視する視線が後退してしまったのではないかと考えます。
たとえば、構成要件が型であれば、異なる型の間で「重なり合い」が存在するなどということは認められないはずです。なのに、構成要件は類型的・定型的な判断による処理が重視されているはずなのに、事実の錯誤論において、「構成要件の重なり合い」が言われるのはきわめて奇異ですし、ある種の混乱が生じているとさえ思います。
構成要件論が戦後の日本の刑法解釈学において果たした歴史的役割を無視できません。しかし、構成要件論は定型的な「構成要件思考法」を採るものであり、刑法解釈をあえて難しいものにしてしまっています。むしろ、ほかの法分野における解釈にも共通する「法律要件-法効果」の解釈方法を導入し、定型的な「構成要件思考法」から非類型的・非定型的な「要件思考法」へと転換すべきです。定型的な「構成要件思考法」は、刑法の解釈を無益に難解なものにして刑法の理解を阻害するとともに、刑法の真の姿についてミスリードするものだからです。
□参考:関 哲夫『講義 刑法総論』(第2版・2018年)
第02講 基本原則・その1(20〜29ページ)
第06講 犯罪体系論(59〜69ページ)
第08講 法律要件論・その1(76〜84ページ)